成功者の名言(ヴィクトール・フランクル)

生涯

フランクルは、一生涯忘れられない体験を、ウィーンの病院に勤務していた時に味わいました。
 それは、第二次大戦のオーストリア占領時、ナチスドイツにより開始された「夜と霧」作戦に彼が巻き込まれたことから始まります。
 「夜と霧」作戦とは、1941年12月6日に出されたヒトラーの特別命令で、占領軍に対する反逆行為を企てた非ドイツ国民を容疑者として、夜間秘密のうちに逮捕して強制収容所へ送り、その安否や所在を家族にも知らせないという作戦の名称です。
 この作戦は、ユダヤ人には特別な意味を持っていました。それは、ユダヤ人は無差別に逮捕し、強制収容所に送り、ガス室などによって、きわめて能率的・効果的に民族殲滅(ジェノサイド)を図るという、ナチス・ドイツの行為の中でももっとも非人道的な恐ろしい作戦だったのです。
 フランクル自身も妻とともに、今まで持っていた財産全てを没収され、強制収容所に送られました。
 収容所の中は、多くの人々が生き残ることだけに意識を集中し、そのためには暴力・盗み・仲間を売るなどという良心のかけらもないような行為・エゴむき出しの行為が日常茶飯事で行われていました。
 しかし、フランクルや少数の人々は、そうした極限状態にあっても、他人に対して、優しい言葉をかけ、当人にとって生きるためのかけがえのないパンの一切を与えたのでした。このことは、どんなに過酷な運命がその人に与えられても、人間はその運命に対してどのような態度をとるかという意志の自由(この場面では最後の自由ということができます)が与えられ、人間自身が高貴な存在であることを自らの体験を通して、証明したのでした。

 

名言

人生の意味を問うてはいけない。人生に意味を問われているのだ。

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人間が生きることには、常に、どんな状況でも意味がある。

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苦悩があるから、成熟する。苦悩したからこそ、新しく成長できる。

喪失、艱難(かんなん)、苦悩は、人に豊かなものを与えてくれる。

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成果がなかったということは、無意味だったということではない。

たとえば、恋愛に成功しなかったということが、無駄だったとか、心を痛めただけだったということを意味しているのではない。

なぜならば、その苦悩の中で人はたくさんのものを得るからだ。

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人生における使命というものは、つくるものではなく発見するものである。

すべての人は人生における独自の使命あるいは仕事を持っている。

その点において、誰もその人の代わりになることはできないし、代わりの人が自分の人生を反復させることもできない。

したがって、すべての人に与えられている使命とそれを実施する機会は、その人独自のものである。

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どのような状況になろうとも人間にはひとつだけ自由が残されている。

それはどう行動するかだ。

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幸せは、目標ではないし目標であってもならない。

そもそも目標であることもできません。

幸せとは結果にすぎないのです。

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涙を恥じることはありません。

その涙は苦しむ勇気を持っていることの証なのですから。

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