成功者の名言(西郷隆盛)

生涯

西郷隆盛の実家は薩摩藩(今の鹿児島県)の下級藩士でした。同じ年代の若者たちのリーダーとして、若いころから知られていた隆盛は、1864年におこった禁門の変で、薩摩軍を指揮して長州藩(今の山口県)と戦っています。しかし、江戸幕府を倒すことを決めた隆盛は、1866年に長州藩と仲直りをして薩長同盟を結びます。

ちなみに、この時に薩摩藩と長州藩の仲立ちをしたのがあの坂本龍馬です。

その後、西郷隆盛の薩摩藩は徳川家の江戸幕府とたたかい、最終的には幕府軍の勝海舟との話し合いにより江戸城を開城させるなど、ここでもリーダーとして活躍しました。

明治政府の中での隆盛は、参議と陸軍大将(陸軍のリーダー)や近衛都督(天皇を守る部隊のリーダー)など色んな役目を任されます。

ところが、鎖国している韓国を武力で開国させようとする議論(征韓論)があり、隆盛は自ら交渉役となって平和的に解決したいと希望します。しかし反対派の工作により失敗に終わったため、参議をやめて鹿児島に帰ることになります。

最後は、不平士族のリーダーとして西南戦争を戦い、敗れて自決の道を選びました。

 

名言

過去の功績のご褒美として役職につけるのは、

善くないことの第一である。

功績のある人には俸給をあたえて賞し、

役職はそれにふさわしい人物にあたえよ。

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賢人がすべての役人を一つにまとめ、

政権が一つの方針に進み、

国柄が一つの体制にまとまらなければ、

とても成功どころではない。

 

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国民の上に立つ者は、

いつも心を慎み、

普段の行いを正しくし、

驕りや贅沢を戒め、

つつましくすることに努め、

仕事に励んで人々の手本となり、

国民がその仕事ぶりや生活を

気の毒に思うくらいでなければ、

政府の命令は行われにくい。

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何度も何度もつらく苦しい経験をしてこそ、

人の志は初めて堅くなるのだ。

真の男は玉となって砕けることを本懐とし、

志を曲げて瓦となって生き長らえることを

恥とせよ。

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過ちを改めるには、

自分が間違いを犯したと自覚すれば、

それでよい。

そのことをさっぱり思いすてて、

ただちに一歩を踏み出すことが大事である。

過ちを犯したことを悔やんで、

あれこれと取りつくろおうと心配するのは、

たとえば茶碗を割って、

そのかけらを集めて合わせてみるようなもので、

何の役にも立たぬことである。

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大きなことでも、

小さなことでも、

道理にかなった正道を踏み、

真心を尽くし、

決して策略を用いてはならない。

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自分に克つには、

あらゆる事柄を前にして、

はじめて自分に克とうとしても、

そうやすやすとはできないものだ。

ふだんからその心がけを持って、

自分に克てるようにしておかなければならない。

 

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