なんかつまらない、むなしいと感じるあなたへ?その理由はどうして?

なんか人生つならないなぁ~、なんかむなしいなぁ~と感じている人

実は、昔僕自身もこの悩みを抱えていたんです。

いやーあの頃は空虚感というのか、何とも言えない孤独感があったような気がしますね。

 

なんかつまらない、むなしい

なんかつまらない、むなしいって気持ちどんな時に感じていますか?

実は僕は学生時代に強く感じていました。

みんなが大学生は人生の夏休みだと謳歌している中で、

僕はなんかつまらない、むなしいという気持ちをずっと持ち続けていたのです。

僕の場合は、部活もしていて周りに友達や先輩、後輩とか人がいても、孤独感があった日々だったんです。

あなたは、どんな気持ちですか?

・別に不幸せとまでは言わないけど、充実感がない

・死にたいほど辛いわけではないけど、漠然としたつまらない気持ちがある

・こんな事に悩むことではないかもしれないけど、とにかく空虚感を感じている

こんな思いでいたりするんじゃないでしょうか?

うつの人とか精神科にかかるような重いものでもないし、普通に生活もできてるし、

でも、毎日が楽しくない、つまらない、むなしいと思ってしまう。

なんかとは?

なんか、つまらない、むなしいの「なんか」がわかればきっといいはずなんですが、それが見つけられないままなんですよね。

もしかしたら、あなたが思う「なんか」がここにあるかもしれないので見ていきましょう。

(1)人とのつながり

なんかむなしい、つまらないと感じる方の中には、人と話すのが苦手でという方もいらっしゃいます。

その方は、人が苦手で接したくないと思っていても、実は接したいと思っている場合があります。

例えば、プログラマーとかPCに一日向かう人は、ほとんど人としゃべる必要がなく済むはずです。

でも、そんな人と会わなくて済むから良いと思っていた方々がなんか、人生つまらない、むなしいと思っているという事です。

これは、なぜか?

本当は、人とつながりたいのではないのでしょうか?というのが一つの答えな気がします。

人が苦手でという理由、これの隠された背景を考えると昔、同級生にいじめられたとか話に言ったら無視されて

心がくじけてしまっているのが原因かもしれません。

でも、実は、人とつながりたいと願っている。

現実は人とつながれていないけど、自分は苦手だという意識があるからそこの答えにはたどりつけない、

もしくは、人とつながりを持つとまた心をくじかれる出来事があるかもしれない、そんな風に無意識に思っている

だからこそ、「なんか」と言葉で表現してしまう。

本当は、人とのつながりを感じたい、でも怖いという表れが「なんか、むなしい、つまらない」になっているのかもしれません。

(2)本当の自分でいれていない

自分の人生を他人の軸で生きている方がこう思うケースも多いです。

私はこれだった気がします。

私の場合は、「いい大学に行き、いい会社に入る」事がゴールだと人生を思ってきていました。

でも、実は本当の自分はそんな事望んでいなかったのです。

本当の自分はプロフィールにも書いていますが、全く違う生き方を望んでいたのです。

でも、世間の風潮とか周りと比べて、他人の軸で生きていたからこそ、私の心は敏感に反応し

なんかつまらない、むなしいと感じさせてくれていたんだと思います。

それがなかったら今でも、他人の軸で生きる人生を過ごしていたと思います。

ここで紹介したいのが、吉田松陰とその弟子の高杉晋作ですが、記事が長くなるので最後に書いていきます。

(3)貢献する事ができていない

なんか、つまらない、むなしいの解決でたどり着く究極はここにくるのかもしれないとまで私は思っています。

私の経験では、社会人なり社会とのアクセス(つながり)を持ち、お客さまに喜んでもらい貢献感を得ている時は、

正直、幸せな気持ちでいることが出来ました。

もし、自分の人生の道がわからなければ、貢献することを意識していけば、いいでしょう。

よく、おじいちゃんやおばあちゃんになると、ボランティア活動をしたり人の為になにかやりたくなります。

これは、貢献感を味わいたいからなんです。

アドラーは幸せになる為の4条件として以下の項目を挙げています。

・自己受容(そのままの自分を受け入れていること)

・他社信頼(相手を協力しあえる対象と思えること)

・所属感(自分の居場所を感じていること)

・貢献感(人の役に立てると思えること)

僕は銀行で働いている時、この4つを満たしていた気がします。

だからこそ幸せと感じることが出来た、そんな感じがします。

もし、あなたがなんかつまらない、むなしいと感じているならこの4つどれが足りていないのかを感じて見てください。

吉田松陰と高杉晋作

吉田松陰と高杉晋作は幕末に生きた2人です。

吉田松陰が開く松下村塾に高杉晋作が入塾した事で2人は出会っていきます。

高杉晋作は大名の毛利家に仕える家臣の家で育ち、武士としての誇りを持って育って行きました。

しかし、高杉晋作は「どうしても人生がつまらない、もちろん武士の家の息子として生まれ毛利家に仕える尊い仕事があり有り難く思っているし親にも感謝している」そんな風に思っていました。

そこで吉田松陰は問います。

「君の志はなんですか?僕の志は日本を良くすることです。」

「君がつまらないと感じるのは、君の志が毛利家に仕えることなんかじゃないからです。君はそれを望んでいないのだから」

「志はだれも与えてはくれません。君自身が見つけそれを掲げることです。」

こうして、高杉晋作は自分自身の志を見つけていき、日本を変えるほどの事を成し遂げていったのです。

そして、高杉晋作が亡くなる前に読んだ辞世の句はこうなっています。

「面白き事もなき世を面白く すみなすものは心なりけり」

面白いと思えることのない世の中を面白く、それを決めるのは自分の心もち次第だ

という意味に取れるかと思います。

実はこれ、面白き事もなき世を面白くまでは高杉晋作が作った句で

後半は吉田松陰の妹が付け足したと言われています。

だから高杉晋作は、面白くない世を面白くと言っているのかもしれません。

高杉晋作が私たちと同じように「なんか人生がつまらない、むなしい」と感じていたからこそ、

この句が読まれた、そんな感じがしますね。

 

 

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